消費税の確定申告をする上で「基準期間の課税売上高」という用語の理解は避けては通れません。
インボイス制度の開始(令和5年10月1日から)に伴って更にその重要度が増しています。
「基準期間の課税売上高」は、インボイス制度の軽減措置を適用する上で重要な判定基準として使われています。
インボイス制度下での基準期間の課税売上高の役割
制度名称 | 2割特例 | 少額特例 |
---|---|---|
制度概略 | 納税額が売上税額の2割に軽減 | 税込1万円未満の課税仕入にはインボイス不要 |
判定基準 | 基準期間の課税売上高が1,000万円超は適用不可 | 基準期間の課税売上高が1億円以下は適用可 |
これまでも主に次のような重要な判定基準として役割を果たしてきています。
従前の基準期間の課税売上高の役割
判定内容 | 納税義務の判定 | 簡易課税適用の判定 |
---|---|---|
判定基準 | 基準期間の課税売上高が1,000万円以下(+その他の条件を満たす) 申告義務免除 |
基準期間の課税売上高が5,000万円以下 簡易課税制度適用可 |
このように「基準期間の課税売上高」というワードは消費税の実務ではとても重要となっています。
この「基準期間の課税売上高」は、申告書類のどこかに載っているものなのでしょうか?
いきなりですね。
ぱっとそこを見てわかれば早いですもんね。
実は載っているところがあります。
例外もありますが。
1 基準期間の課税売上高はどこを見る?
「基準期間の課税売上高」は、どこを見ればいいのか?
答えは、消費税の申告をしている事業者の場合は、消費税の申告書に記載されています。
一番手っ取り早いのは、当期(当会計年度)の基準期間の課税売上高を知るためには、当期の消費税の第一表の「基準期間の課税売上高」を見ることです。
1-1 当期の消費税の申告書の第一表で「基準期間の課税売上高」を把握
実際に当期の消費税の確定申告書の第一表で「基準期間の課税売上高」欄を確認してみましょう。
この欄を見れば一目瞭然です。
この記載内容が誤っていない限り当期の基準期間の課税売上高は、この欄に記載されているものになります。
あの…
当期の消費税の確定申告書の第一表がない場合はどうしたらいいのでしょう?
はい、当期の消費税の第一表が手元にない場合は、前々年度の消費税の確定申告書の第一表に載っています。
1-2 前々年度の消費税の申告書の第一表で「基準期間の課税売上高」を把握
当期の「基準期間の課税売上高」は、前々年度の消費税の確定申告書第一表の「この課税期間の課税売上高」欄の値がそれに当たります。
前々年度の第一表で「基準期間の課税売上高」を把握できますが、ここで1点注意事項があります。
前々年度が設立年度などの理由で1年丸々ない場合は、調整が必要になります。これに関しては後述します。
そもそも消費税の確定申告をしていない場合は、どうなるのでしょうか。
その場合は、帳簿を集計して求める必要があります。
その方法をこれから解説します。
消費税の確定申告書を作成している場合は、「基準期間の課税売上高」は申告書を見れば把握できますが、消費税の確定申告書を作成していない場合は、帳簿を集計して求める必要があります。続いてその方法について解説していきます。
2 消費税の「基準期間の課税売上高」とは?
「基準期間の課税売上高」を理解するためには、「基準期間」と「課税売上高」に分けて理解する必要があります。
まず「基準期間」から解説していきます。
2-1 消費税の「基準期間」とは?
基準期間とは、原則的には以下のとおりです。
個人事業主 | 法人 |
---|---|
前々年 | 前々年度 |
図解してみましょう。
今年度が2023.1.1〜2023.12.31とすると、基準期間は、その前々年度の2021.1.1〜2021.12.31になります。
前述の「「基準期間の課税売上高」はどこを見る」で前々年度の消費税の申告書を見た理由がこれになります。
ただ個人事業主はこれでよいのですが、法人の場合は、前々年度が1年に満たない場合は、調整が必要になります。
2-2 前々年度が1年に満たない法人の場合の基準期間
前々年度が1年に満たない場合は、基準期間は次のように決められています。
対象とする年度の開始の日の2年前の日の前日から同日以後1年を経過する日までの間に開始した各年度を合わせた期間
これが基準期間になります。
ちょっと訳が分からないと思いますので、一番多いケースで設立の年が1年に満たない例で考えてみましょう。
2023年度の前々年度が設立年度で2021.4.1〜2021.12.31であったとします。
対象年度の開始の日 | ① 2年前の日の前日 | ② 1年を経過する日 | ①②の間に開始した期間 |
---|---|---|---|
2023.1.1 | 2021.1.1 | 2021.12.31 | 2021.4.1〜2021.12.31のみ |
このように決算期の変更などでなく、前々年度が設立年度で1年に満たない場合は、単純にその1年に満たない前々年度がやはり基準期間になります。
この前々年度が1年に満たない場合の基準期間については、次の記事で詳しく解説していますので、詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。
続いて「課税売上高」について理解していきましょう。
2-3 消費税の「課税売上高」とは
課税売上高をわかりやすく簡潔に説明すると次のようになります。
※消費税を納める義務がある者の場合は、消費税相当額を除いた金額(税抜金額)。消費税を納める義務がない者は、消費税相当額を含んだ金額(税込金額)であることに注意。
例えば、あるソフトウェア開発業者Aの全収入の合計が次のようなものであったとします。
収入の内訳 | 税抜金額 | 消費税額 |
---|---|---|
国内の得意先への開発費 | 9,500,000 | 950,000 |
銀行からの受取利息 | 100 | 消費税かからない |
A社の課税売上高は消費税の納税義務があるかないかによって次のように計算されます。
ケース | 課税売上高 |
---|---|
消費税の納税義務あり | 9,500,000 |
消費税の納税義務なし | 9,500,000+950,000=10,450,000 |
課税売上高は、帳簿を参照して自社の全部の収入の中から、消費税のかかる売上と輸出免税取引の収入を抜き出して、それを合計することで求められます。(会計ソフトを使って集計するのが一般的です。)
課税売上高を計算するためには、自社の収入が消費税のかかる取引なのかどうかを判定できる必要があります。これについては、次の記事で詳しく解説していますので、分からない方はこちらを参照してください。
なんとなく頭では基準期間の課税売上高について理解できたと思うんですが、
会計ソフトを導入している事業者の方は多いと思います。会計ソフトを使用している場合は、集計が効率的です。
その方法を次に解説します。
2-3-1 会計ソフトを利用している場合、基準期間の課税売上高はどこを見ればいい?
会計ソフトを導入している場合は、これから説明する方法で効率的に課税売上高を把握することができます。
課税売上高の計算は、次の方法で求めると説明しました。
会計ソフトでは、仕訳日記帳に登録する際、これらは、次のように登録する必要があります。
売上の種類 | 課税がかかる売上 | 輸出免税売上 |
---|---|---|
税区分 | 課税売上 | 輸出売上 |
課税売上の取引には、税区分を「課税売上」を選択し、輸出売上の場合は、税区分を「輸出売上」を選択し仕訳日記帳に登録することになります。
「税区分」自体がよくわからないという場合は、次の記事をご覧になってからまた戻ってきてください。
仕訳日記帳の登録で、税区分が正しく登録されていれば、会計ソフトを使って基準期間の課税売上高は効率的に把握できます。
❷ 会計ソフトで税区分別の消費税集計表を開く
❸ 消費税集計表から課税売上高を計算する
2-3-1-1 税区分別の消費税集計表とは
税区分別の消費税集計表とは、文字どおり「課税売上10%」や「課税仕入10%」といった税区分ごとに仕訳日記帳に登録されている内容から分類して集計するものです。
例えば「課税売上高10%で経理されたものは、全部でこれだけです。」というものがわかります。
様式のサンプルを載せておきます。(「全力消費税」から出力したもの)
少なからず、一般的な会計ソフトであれば用意されている機能です。
代表的な会計ソフトでどこに「税区分別集計表」が用意されているかを参考までにまとめておきます。
ソフト名 | 場所 |
---|---|
全力消費税 | メニュー「設定」>「消費税集計表」 |
弥生会計 | メニュー「集計(R)」>「消費税集計(T)」>「消費税集計表(S)」 |
MFクラウド会計 | メニュー「決算・申告」>「消費税集計」>「税区分集計表」タブ |
会計王 | メニュー「消費税(X)」>「消費税集計一覧表(S)」 |
会計フリー | メニュー「決算申告」>「消費税集計表」 |
税区分別集計表が用意できたら、実際に例を使って会計ソフトの税区分集計表から課税売上高を求めてみます。
2-3-1-2 免税事業者の税区分集計表から課税売上高を求める方法
基準期間が、消費税を納める義務がなかった場合は、課税売上高は税込金額で集計すると前述しています。
次のように課税売上高を計算します。
12,000,000 – 100,000 + 350,000 – 50,000 = 12,200,000(課税売上高)
2-3-1-3 課税事業者の税区分集計表から課税売上高を求める方法
基準期間が、消費税を納める義務があった場合は、課税売上高は税抜金額で集計すると前述しています。
次のように課税売上高を計算します。
10,909,091 – 90,910 + 350,000 – 50,000 = 11,118,181
会計ソフトを利用しており、仕訳日記帳の税区分の登録が正しくできていれば、消費税税区分別集計表を出力すれば、このように効率的に課税売上高を把握することができます。
ここまでで、基準期間と課税売上高を解説してきました。
基準期間の課税売上高とは、基準期間の間で集計した課税売上高であることがわかっていただけたと思います。
基準期間が1年に満たないケースがあることを先に紹介しました。この場合には、課税売上高を調整する必要があります。その方法を次で解説します。
2-4 1年に満たない基準期間の課税売上高の計算方法
基準期間が1年に満たない場合に、どのように課税売上高を計算するのかというと
このように計算します。
例を用いて解説します。
基準期間:2021.4.5〜2021.12.31
上記期間の課税売上高:7,200,000
この例では、基準期間の月数をどのようにカウントするかが問題となります。
歴に従って計算すると2021.4.5から2022.1.4までで丸9ヶ月になりますが、この基準期間は、2021.12.31までなので、1月4日まで数日足りません。2021.12.4までで丸8ヶ月になります。そして12月31日までは丸1月ありません。この場合は、1月に足りない月は1月とカウントします。つまりこの基準期間は8ヶ月+1ヶ月=9ヶ月となります。
7,200,000 ÷ 9 × 12 = 9,600,000
この基準期間の課税売上高は、このように計算されます。
最後に、基準期間の課税売上高を考えるときに、セットで出てくるワード「特定期間の課税売上高」についても取り上げておきます。
3 消費税の「特定期間の課税売上高」とは
課税売上高については、すでに解説しているところですので、ここでは「特定期間」について解説します。
3-1 消費税の「特定期間」とは
特定期間とは、原則的には以下のとおりです。
個人事業主 | 法人 |
---|---|
前年の1/1〜6/30 | 前年度の開始日以後6ヶ月の期間※ |
※前年度が7ヶ月以下の場合を除く
特定期間をシンプルに表現すると前年度の上半期といえます。
図解してみましょう。
今年度が2023.1.1〜2023.12.31であったとすると、前年度は2022.1.1から開始します。1/1から6ヶ月の期間なので、特定期間は2022.1.1〜2022.6.30となります。
なお、前年度が7ヶ月以下の場合は、判定の仕方が異なります。
前年度が7ヶ月以下の場合は、原則的な取り扱いは、その年度の前々年度開始の日以後6月の期間となりますが、その前々年度が基準期間に含まれる場合は、除かれます。つまり特定期間が存在しないというケースもありえます。
これだけではなんのことかわからないことと思います。
国税庁がさまざまなケースを説明したものを公表しておりますので、前年度が7ヶ月以下の場合は、「消費税法第9条の2 事業者免税店の判定について」を参照してください。
4 「基準期間の課税売上高」のまとめ
インボイス制度開始でさらに重要度が増してきた「基準期間の課税売上高」について解説してきました。復習しましょう。
- 基準期間は、原則として対象とする年度の「前々年度」を指します。
- 課税売上高は、「消費税がかかる売上の合計額 + 輸出取引等の免税となる売上の合計額」で計算します。
- 基準期間が1年未満の場合は、課税売上高を1年に換算します。
- 特定期間は、原則として対象とする年度の上半期を指します。
実務では、この「基準期間の課税売上高」を用いて様々な判定が行われることになりますので、しっかりおさえておきましょう。
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