この記事は、専門家向けではなく、設立間もない会社や消費税を初めて申告する会社などの自分で消費税を理解したいという一般の方を対象としています。
すべての方のために向けて説明するといたずらに難しくなってしまうので、一般の方が消費税を自分で申告するために必要な情報に的を絞って元国税調査官がわかりやすく解説していきます。
今回取り上げるのは「調整対象固定資産」です。
調整対象固定資産は、消費税の計算で頻出するものではありませんが、これを取得したときには仕入税額控除の計算に大きな影響を与える場合があり、ミスをすると大きな過少申告となる可能性がある要注意な用語になりますので、計算例などを出してしっかり解説していきたいと思います。
それでは、誰でもわかる素人のための消費税シリーズの17回目「調整対象固定資産」始めていきましょう。
はじめに
仕入税額控除の算出の基本
まず始めに、事業者が納税する消費税の計算方法は、原則として
このような消費税の納税金額の計算にあたり、仕入れなどで支払った消費税を控除することを「仕入税額控除」と呼びます。
しかし、事業者によっては、非課税売上があるなどの理由で、仕入れなどで支払った消費税を全額控除することができないことがあります。
「全額控除」を行うには、以下の2つの要件を同時に満たす必要があります。
- 当課税期間中の税抜課税売上高が5億円を以下の場合
- 当課税期間中の課税売上割合が95%以上の場合
この2つ要件のうち、一つでも当てはまらない場合は、別の方法で仕入税額控除の計算を行わなければなりません。
その方法が、「個別対応方式」と「一括比例配分方式」と2つあります。
それぞれの計算式は以下のとおりです。
個別対応方式の計算式
② 課税売上げと非課税売上げに共通して係る課税仕入れ等の税額 × 課税売上割合
控除対象仕入税額 = ① + ②
一括比例配分方式の計算式
「個別対応方式」と「一括比例配分方式」について、詳しく知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。
上記のように、全額控除できない事業者は支払った消費税に課税売上割合を乗じて仕入税額控除の計算をすることになります。
固定資産取得の際に要した消費税は、原則取得した課税期間で仕入税額控除の対象とします。しかし、固定資産のように長期にわたって使用されるものを、その課税仕入れ等を行った時だけの仕入税額控除とした場合、翌期以降に課税売上割合が大きく変動した場合には、適切な税額控除を行ったとはいえなくなります。
そこで調整対象固定資産を購入した際は、状況によって仕入税額控除の額の調整を行う必要が出てくるのです。
調整対象固定資産とは
調整対象固定資産とは何か。
調整対象固定資産とは、仕入税額控除の調整対象になる固定資産(建物、構築物、機械装置、船舶、航空機、車両運搬具、工具器具備品など)のうち、一単位あたり(※)の取得価額(税抜金額)が100万円以上のものをいいます。
(※)一取引単位とは、例えば、機械及び装置は1台、工具、器具及び備品には1個、1組等、「一の効果」があると認められる単位ごとに判定する。
前述したとおり、仕入税額控除は、原則として課税仕入等を行った年度で「一括控除」を行います。
しかし固定資産など、長期にわたって使用されるものを、購入時の状況だけで仕入税額控除とすることは、実態にそぐわないことがあります。
そこで、仕入税額控除の調整対象になる固定資産の取得等にあたり、課税売上割合や資産の使用用途に変更がある場合、仕入税額控除の額を調整しなければならない制度が存在します。(「調整対象固定資産の調整規定」と呼ばれるものです。)
ここでは、調整対象固定資産の調整の内容や、調整対象固定資産を取得した場合の影響等についても説明していきたいと思います。
調整対象固定資産の範囲
調整対象固定資産となる、仕入税額控除の調整対象になる固定資産となる取引は以下のとおりです。
調整対象固定資産に該当するかどうかの例を二つほど出してみます。
例1 300万円の「社用車」を購入した。
社用車であり、棚卸資産に該当せず、1単位あたり、100万円以上であるため、
調整対象固定資産に該当します。
例2 500万円で販売用の船舶を購入した。
1単価あたり、100万円以上であるが、販売用であるため棚卸資産に該当するため、
調整対象固定資産に該当しません。
次に、「調整対象固定資産」を取得した場合の影響等について、説明します。
調整対象固定資産を取得した場合、何をしなければいけないのか。
消費税の申告をしている事業者のうち原則課税方式を使って申告を行っている事業者が、税抜金額で100万円以上の建物や車両などの調整対象固定資産を取得した場合、以下のような影響が出てきます。
- 仕入税額控除の調整
- 免税事業者と簡易課税制度を3年間選択できなくなる。
それでは、一つずつ詳しく確認していきましょう。
仕入税額控除の調整
調整対象固定資産を取得して、以下2つの事実がある場合は、仕入税額控除の調整を行う必要があります。
❶ 課税売上割合が著しく変動した場合の消費税額の調整
会計上で、建物や車両、機械装置などの固定資産は、耐用年数が設定させており、減価償却を行い、数年をかけて費用配分を行いますが、消費税法では、固定資産を取得した日の課税期間において、一度に仕入税額控除の対象とします。
しかし、長期間にわたって使用する固定資産について、課税売上割合が課税期間ごとに著しく変動する場合には、仕入れ時の課税売上割合だけで仕入税額控除の計算をすることが適切な方法だとは言えません。
そこで固定資産のうち、一定金額以上のもの(調整対象固定資産)については、その固定資産を購入した課税期間から3年の間に、課税売上割合が著しく変動した場合には、3年目の課税期間に仕入税額控除の調整を行うことになります。
課税売上割合が著しく変動した場合の調整イメージ図
課税売上割合が著しく変動した場合の3要件
課税売上割合が著しく変動した場合の調整規定は、以下の要件を満たす場合にその適用を受けます。
① 仕入れ等の課税期間において比例配分方式により税額計算を行っていること
調整対象固定資産の仕入れ等を行った課税期間において「比例配分方式」により仕入税額控除の額の計算を行っていることが要件となります。
① 個別対応方式において共通対応分として仕入税額控除の額を計算すること
② 一括比例配分方式により仕入税額控除の額を計算すること
③全額控除により仕入税額控除の額を計算すること
のことです。
② 第3年度の課税期間の末日においてその調整対象固定資産を保有していること
「第3年度の課税期間」とは、課税売上割合が著しく変動した場合の調整を行う課税期間のことを言い、仕入れ等の課税期間の初日から3年を経過する日の属する課税期間を言います。
簡単に言いますと、第3年度の課税期間とは、「調整対象固定資産を購入した課税期間の翌々課税期間」ということになります。
その「第3年度の課税期間の末日」まで、購入していた調整対象固定資産を会社が持っていることが要件になります。
ですから、第3年度の課税期間の末日において、購入していた調整対象固定資産を売ってしまっていたり、除却してしまっていた場合、課税売上割合が著しく変動した場合の調整の対象にはなりません。
③ 課税売上割合が著しく変動していること
最後の要件は、第3年度の課税期間の通算課税売上割合が調整対象固定資産を購入した時の課税売上割合と比べて著しく変動していることです。
第3年度の課税期間の通算課税売上割合が著しく変動している場合とは
- 通算課税売上割合(※)が仕入れ時の課税売上割合と比べて50%以上変動
- 通算課税売上割合(※)が仕入れから5%以上変動
がどちらも該当している場合、課税売上割合が著しい変動があったと判定される。
(※)通算課税売上割合とは、調整対象固定資産の取得の課税期間から第三年度の課税期間までの売上高を通算して計算した課税売上割合のことを言います。
通算課税売上割合の計算式は下記のとおりです。
通算課税売上割合の計算式の具体例は下記のとおりです。
なお、各金額は「課税売上割合が著しく変動した場合の調整イメージ図」を参照しています。
なお、著しい変動の判定は、次の算式により行います。
著しい変動の判定の計算式の具体例は下記のとおりです。
なお、各金額は「課税売上割合が著しく変動した場合の調整イメージ図」を参照しています。
調整の計算例
すべての要件を満たした場合は課税売上割合が著しく変動があった場合の調整計算が必要となり、調整対象固定資産に係る控除仕入税額が「通算課税売上割合」を用いて計算した金額になるように調整計算を行います。
調整税額の計算式は以下の通りになります。
1.課税売上割合が著しく増加した場合(仕入控除税額に加算する。)※税額が減る
2.課税売上割合が著しく減少した場合(仕入控除税額に減算する。)※税額が増える
調整対象固定資産を取得した際の消費税額は、すでに調整対象固定資産を取得した課税期間において仕入税額控除を行っているため、第三年度の課税期間において調整対象固定資産を取得したときの控除税額と通算課税売上割合による控除税額との差額を控除対象仕入税額から減算又は加算することにより調整します。
なお、仕入れ時の課税売上割合より通算課税売上割合の方が低い場合は減算、仕入れ時の課税売上割合より通算課税売上割合の方が高い場合は加算することになります。
例えば、固定資産を330万円で購入、調整対象固定資産を取得したときの課税売上割合:30%、通算課税売上割合が52%とした場合は、以下のように調整税額を計算します。
❷ 調整対象固定資産を転用した場合の消費税額の調整
制度の趣旨
消費税法では固定資産を取得したときの消費税は、その取得の日の課税期間において、仕入税額控除の対象となります。
しかし、固定資産のように長期にわたって使用されるものであるので、固定資産の用途を課税業務用から非課税業務用に転用した場合、または、非課税業務用から課税業務用に転用した場合には、その固定資産の取得に係る消費税額を調整を行うこととしています。
制度の要件
調整対象固定資産を転用した場合の調整は、以下の要件を満たす場合に行う必要があります。
- ① 仕入れ等の課税期間において個別対応方式の課税売上対応又は非課税売上対応により税額計算を行っていること
- ②仕入れ等の日から3年以内に転用していること
① 仕入れ等の課税期間において個別対応方式の課税売上対応又は非課税売上対応により税額計算を行っていること
調整対象固定資産の取得に係る課税仕入れ等の税額計算を、個別対応方式により、課税売上のみに対応するもの又は非課税売上にのみ対応するものとして行っていることが要件となります。
仕入税額控除の額の計算を全額控除している場合や調整対象固定資産の取得に係る課税仕入れ等の税額計算を一括比例配分方式で計算を行っている場合又は課税売上高と非課税売上に共通して要するものとして税額計算を行っている場合は、調整対象固定資産を転用した場合の調整規定の適用はありません。
③ 仕入れ等の日から3年以内に転用していること
調整対象固定資産を取得した日から3年以内に、
なお、課税・非課税共通業務用に転用した場合は、調整対象固定資産を転用した場合の調整規定の適用はありません。
課税業務用や非課税業務用から課税・非課税共通業務用に転用した後に、課税業務用または非課税業務用に調整対象固定資産を取得した日から3年以内に転用している場合は、調整対象固定資産を転用した場合の調整規定の適用を受けます。
主な転用のパターン
転用前 | 転用後① | 転用後② | 判 定 | |||
課税業務用 | → | 非課税業務用 | - | 調整必要 | ||
非課税業務用 | → | 非課税業務用 | - | 調整必要 | ||
課税業務 | → | 課税・非課税共通用 | - | 調整不要 | ||
課税・非課税共通用 | → | 非課税業務用 | - | 調整不要 | ||
非課税業務用 | - | 調整不要 | ||||
非課税業務用 | → | 課税・非課税共通用 | - | 調整不要 | ||
課税業務用 | → | 課税・非課税共通用 | → | 非課税業務用 | 調整必要 | |
非課税業務用 | → | 課税・非課税共通用 | → | 課税業務用 | 調整必要 |
調整の計算例
要件を満たした場合、調整対象固定資産の転用があった場合の調整計算が必要となります。
調整対象固定資産の転用があった場合の調整計算は、調整対象固定資産を取得した日から転用した日までの期間に応じて、それぞれ次の金額を仕入れに係る消費税額から減算又は加算する調整を行います。
用途転用期間 | 仕入税額から控除する消費税額 (課税業務用~非課税業務用) |
仕入税額から加算する消費税額 (非課税業務用~課税業務用) |
課税仕入れ等の日から1年以内に転用した場合 | 控除を行った税額の全額 | 消費税額の全額 |
課税仕入れ等の日から1年超2年以内に転用した場合 | 控除を行った税額×2/3 | 消費税額×2/3 |
課税仕入れ等の日から2年超3年以内に転用した場合 | 控除を行った税額×1/3 | 消費税額×1/3 |
上記の表のように、
- 課税業務用から非課税業務用に転用した場合は、転用した課税期間で調整税額を減算する。
- 非課税業務用から課税業務用に転用した場合は、転用した課税期間で調整税額を加算する。
ことになります。
例えば、課税業務用の固定資産を3,300,000円(税込)で購入して、1年6か月後に、非課税業務用に転用した場合は、以下のように計算します。
① 調整対象税額 3,300,000円×7.8/110=234,000円
② 調整税額 234,000円×2/3(2年以内)=156,000円
課税業務用→非課税業務用に転用のため、転用した日の課税期間の仕入税額より減算する。
転用の調整を行う際に注意すべきパターン
調整対象固定資産を取得した場合の、仕入税額控除の調整の概要について見てきましたが、制度を適用する上で、注意すべき点がありますので、ご紹介いたします。
① 第一期課税期間で調整対象固定資産を取得し、第三期課税期間において、免税事業者又は簡易課税制度の適用のある場合。
② 第二期課税期間が免税事業者又は簡易課税制度の適用がある事業者の場合。
③ 第三期課税期間の末日まで、調整対象固定資産を持っていない場合。
免税事業者と簡易課税制度を3年間選択できなくなる。
制度の概要
対象となる一定の課税事業者が、税抜金額が100万円以上の固定資産(調整対象固定資産)を取得した場合に限り、原則として、取得した課税期間以後の3年間は、免税事業者になることや、簡易課税制度を適用して申告することができません。
なぜ、このような制度があるのかというと、調整対象固定資産を取得した後に、事業者が自由に課税事業者と免税事業者の選択を行うことができた場合、調整対象固定資産を取得した課税期間の課税売上割合を意図的に高くすることにより、消費税の還付申告を行い、その後、「免税事業者」や「簡易課税事業者」になれば、取得した固定資産分の消費税を納付しなくてよくなるスキームが居住用賃貸不動産業者を中心に横行したため、不正な租税回避行為防止のためにできた制度です。
制度適用される課税事業者
この規定の対象となる「一定の課税事業者」とは、下記3つの期間中の課税事業のことをいいます。
①「課税事業者選択届出書」を提出して課税事業者となった事業者の強制適用期間中
② 資本金1,000万円以上の新設法人の基準期間がない課税期間中
③ 特定新規設立法人の基準期間がない課税期間中
上記の期間中に調整対象固定資産を取得した場合、課税事業者として原則課税による申告が強制されることになります。
まとめ
今回は、調整対象固定資産とそれに関係する消費税法上の影響等について説明してきました。
調整対象固定資産の取得に関する消費税の調整というのは、固定資産の長く使い続けるものだから、取得時の課税売上割合だけで仕入税額控除を計算してしまうと、その後に課税売上割合が著しく変動した場合や固定資産の用途を変更したときに、消費税の申告内容と実際の会社の状況との間に差が生まれてしまい、実態にそぐわない申告となることを防ぐための制度であることが理解できたと思います。
調整対象固定資産は税込み金額100万円以上の固定資産ですから、設立間もない事業者でも、制度適用されることもあります。
事業を行ってる中で、少し高い機械や車両などを購入したときは、「調整対象固定資産」という言葉を思い出して、当記事を読み返して頂ければと思います。
これからも、知って損をしない税務知識や税務調査に関する記事を掲載していきますので、どうぞご覧ください。
最後まで記事をご覧いただきありがとうございました。
執筆者 ジャパンネクス株式会社 元国税調査官 伊藤 佑馬
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