給与計算をしたら「預り金」という科目が出てきました。「預かっている」ということはわかるんですが、何を、誰から預かっているんですか?
従業員の給与から差し引いた源泉所得税・住民税・社会保険料などを、会社が一時的に預かっている状態を管理する科目です。最終的に税務署・市区町村・年金事務所に納付しなければならない負債として計上します。
いわゆる給与から国や地方へ支払うために「天引き」しているものですね。
会社のお金じゃないのに、なぜ貸借対照表に載るんですか?
「手元にあるが、必ず第三者に納付する義務がある」から負債です。この記事では仕訳の具体例と、納付期限・税務調査のポイントまで詳しく解説します。
1「預り金」が使われる取引例
「預り金」は、主に給与支払い時と、個人への報酬支払い時に使います。会社が「代わりに一時的に預かり、後で税務署・市区町村・年金事務所などの第三者に支払う義務がある金銭」を管理する科目です。
| 取引の種類 | 「預り金」の内容 | 納付先 |
|---|---|---|
| 従業員・役員への給与・賞与支払い | 源泉所得税(本人負担分) | 税務署 |
| 従業員・役員への給与・役員報酬支払い | 住民税(特別徴収分) | 市区町村 |
| 従業員・役員への給与・役員報酬支払い | 健康保険料・介護保険料・厚生年金保険料(本人負担分) | 年金事務所 |
| 従業員への給与支払い | 雇用保険料(本人負担分) | 労働局(労働保険料として)※役員は対象外 |
| フリーランス(個人)への業務委託料支払い | 源泉所得税(10.21%) | 税務署 |
| 弁護士・税理士・社労士等の士業への報酬支払い | 源泉所得税(10.21%) | 税務署 |
一方、以下の取引は「預り金」ではなく別の科目で処理します。
| 取引の種類 | 使う科目 | 「預り金」を使わない理由 |
|---|---|---|
| 会社が負担する社会保険料の計上 | 法定福利費 | 会社自身の費用負担であるため |
| 取引先からの内金・手付金の受取 | 前受金 | 役務提供前に受け取った対価の前受けであるため |
| 経費の未払い(会社の支払義務) | 未払金 | 会社自身が支払義務を負うため |
| 従業員等の経費を立て替えた | 立替金 | 会社が後で精算を受ける債権であるため |
2「預り金」とは
「預り金」の主な特徴は以下のとおりです。
| グループ | 負債 |
|---|---|
| 決算書の表示 | 流動負債 |
| 類似科目 | 未払金 |
| 税区分 | 対象外 |
| インボイス有無の判定 | 不要 |
「預り金」は消費税の対象外です。源泉所得税・住民税・社会保険料は、会社が代わりに納付する性格のものであり、会社の売上・仕入とは無関係のためです。
実務では、種類ごとに補助科目を設定して管理するのが一般的です。
- 預り金(源泉所得税)
- 預り金(住民税)
- 預り金(健康保険料)
- 預り金(厚生年金保険料)
- 預り金(雇用保険料)
3「預り金」の仕訳例
3-1 給与支払い時の仕訳
毎月の給与支払いでは、給与総額から各種の税金・社会保険料を差し引き、残りを従業員の口座に振り込みます。差し引いた金額はすべて「預り金」として負債に計上します。
仕訳例① 給与300,000円を支払った(各種控除あり)
| 借方勘定科目 | 借方金額 | 貸方勘定科目 | 貸方金額 |
|---|---|---|---|
| 給料手当 | 300,000 | 普通預金(手取り) | 236,200 |
| 預り金(源泉所得税) | 8,000 | ||
| 預り金(住民税) | 12,000 | ||
| 預り金(健康保険料) | 15,000 | ||
| 預り金(厚生年金保険料) | 27,000 | ||
| 預り金(雇用保険料) | 1,800 |
※ 源泉所得税は源泉徴収税額表による概算。社会保険料は標準報酬月額・加入保険によって異なります。
- 源泉所得税:毎月の給与・賞与・役員報酬から税額表に基づいて差し引く。翌月10日までに税務署に納付
- 住民税(特別徴収):市区町村から毎年5月に通知される税額を12分割して差し引く。翌月10日までに市区町村に納付
- 健康保険料(本人負担分):標準報酬月額×保険料率÷2。翌月末日までに年金事務所に納付
- 介護保険料(本人負担分):40歳以上65歳未満の従業員のみ。健康保険料と合わせて納付
- 厚生年金保険料(本人負担分):標準報酬月額×18.3%÷2。翌月末日までに年金事務所に納付
- 雇用保険料(本人負担分):賃金総額×0.6%(一般事業)
3-2 源泉所得税の納付
源泉所得税は、原則として給与を支払った月の翌月10日までに税務署に納付します(国税庁 No.2505)。
仕訳例② 翌月10日に源泉所得税を税務署に納付した
| 借方勘定科目 | 借方金額 | 貸方勘定科目 | 貸方金額 |
|---|---|---|---|
| 預り金(源泉所得税) | 8,000 | 普通預金 | 8,000 |
※ 複数の従業員がいる場合は、全員分の源泉所得税をまとめて納付します。
常時雇用する従業員が10人未満の会社は、「源泉所得税の納期の特例」を申請することができます。承認されると、半年分をまとめて納付できます。
- 1月〜6月分:7月10日まで
- 7月〜12月分:翌年1月20日まで
手続きは税務署への「源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書」の提出です。(国税庁 No.2505)
3-3 住民税の納付
特別徴収の住民税は、給与支払月の翌月10日までに各市区町村に納付します。
仕訳例③ 住民税を市区町村に納付した
| 借方勘定科目 | 借方金額 | 貸方勘定科目 | 貸方金額 |
|---|---|---|---|
| 預り金(住民税) | 12,000 | 普通預金 | 12,000 |
※ 従業員ごとに住んでいる市区町村が異なる場合は、各自治体に個別に納付します。
3-4 社会保険料の納付
健康保険料・厚生年金保険料は、本人負担分と会社負担分を合わせて翌月末日までに年金事務所に納付します。
納付時に本人負担分の「預り金」と会社負担分の「法定福利費」を同時に計上する方法が実務では一般的です。
仕訳例④ 翌月末日に社会保険料を年金事務所に納付した
| 借方勘定科目 | 借方金額 | 貸方勘定科目 | 貸方金額 |
|---|---|---|---|
| 預り金(健康保険料) | 15,000 | 普通預金 | 84,000 |
| 預り金(厚生年金保険料) | 27,000 | ||
| 法定福利費(会社負担分) | 42,000 |
※ 本人負担分(42,000円)+ 会社負担分(42,000円)= 84,000円を合算して一括納付します。
健康保険料(会社負担)15,000円 + 厚生年金保険料(会社負担)27,000円 = 42,000円
仕訳例④(参考)前月末に法定福利費を未払計上していた場合
| タイミング | 借方勘定科目 | 借方金額 | 貸方勘定科目 | 貸方金額 |
|---|---|---|---|---|
| 月末(未払計上) | 法定福利費(会社負担分) | 42,000 | 未払費用 | 42,000 |
| 翌月末日(納付) | 預り金(健康保険料) | 15,000 | 普通預金 | 84,000 |
| 預り金(厚生年金保険料) | 27,000 | |||
| 未払費用(会社負担分) | 42,000 |
決算月など費用を正確に期間対応させたい場合に用いる方法です。月末に会社負担分を「法定福利費/未払費用」で計上し、翌月末日の納付時に未払費用を取り崩します。
3-5 フリーランス(個人事業主)への業務委託料支払い
個人のフリーランス・デザイナー・ライター・エンジニア等に業務委託料を支払う場合、原稿料・デザイン料等の報酬には源泉徴収義務があります。金額の10.21%(100万円超の部分は20.42%)を源泉徴収し、「預り金」として計上します。(国税庁 No.2795)
仕訳例⑤ フリーランスデザイナーにデザイン料100,000円を支払った
| タイミング | 借方勘定科目 | 借方金額 | 貸方勘定科目 | 貸方金額 |
|---|---|---|---|---|
| 支払時 | 外注費 | 100,000 | 普通預金 | 89,790 |
| 預り金(源泉所得税) | 10,210 | |||
| 翌月10日 | 預り金(源泉所得税) | 10,210 | 普通預金 | 10,210 |
※ 源泉徴収額 = 100,000円 × 10.21% = 10,210円
振込額 = 100,000円 − 10,210円 = 89,790円
- 原稿料・さし絵・作曲料・レコード吹込み料
- デザイン料・イラスト料
- 翻訳料・通訳料・校正料
- 講演料・放送謝金
- 経営コンサルタント・企業診断員(個人)への報酬(企業の経営改善・向上のための指導に限る)
- 社会保険労務士・弁理士・司法書士・土地家屋調査士・建築士・不動産鑑定士等の士業報酬
※ 法人(株式会社・合同会社・弁護士法人・税理士法人等を含む)への支払いは源泉徴収不要。個人への支払いかどうかを必ず確認してください。
※ 行政書士は所得税法第204条の対象外のため、個人への支払いでも源泉徴収は不要です。(国税庁 質疑応答事例)
3-6 士業(弁護士・税理士・社会保険労務士等)への報酬支払い
弁護士・税理士・公認会計士・社会保険労務士・司法書士等への報酬は、個人への支払いに限り源泉徴収が必要です。弁護士法人・税理士法人・監査法人等の法人形態への支払いは不要です。(国税庁 No.2792)
仕訳例⑥ 顧問税理士に月額報酬55,000円(税込)を支払った
| タイミング | 借方勘定科目 | 借方金額 | 貸方勘定科目 | 貸方金額 |
|---|---|---|---|---|
| 支払時 | 支払報酬料 | 55,000 | 普通預金 | 49,895 |
| 預り金(源泉所得税) | 5,105 | |||
| 翌月10日 | 預り金(源泉所得税) | 5,105 | 普通預金 | 5,105 |
※ 請求書に消費税額が明示されている場合、源泉徴収の基礎は税抜き金額。
源泉徴収額 = 50,000円(税抜)× 10.21% = 5,105円
振込額 = 55,000円 − 5,105円 = 49,895円
3-7 役員報酬の支払い
役員報酬も給与と同様、支払時に源泉所得税と住民税を差し引いて「預り金」に計上します。役員は社会保険料(健康保険・厚生年金)が適用される場合もあります。
仕訳例⑦ 役員報酬500,000円を支払った
| 借方勘定科目 | 借方金額 | 貸方勘定科目 | 貸方金額 |
|---|---|---|---|
| 役員報酬 | 500,000 | 普通預金(手取り) | 424,430 |
| 預り金(源泉所得税) | 50,570 | ||
| 預り金(住民税) | 25,000 |
※ 源泉所得税は源泉徴収税額表(甲欄・乙欄)の金額。扶養控除申告書の提出有無によっても変わります。上記は概算です。
3-8 非居住者への支払いに係る源泉徴収
海外在住の個人(非居住者)に国内源泉所得を支払う場合、居住者への支払いとは異なるルールで源泉徴収が必要です。中小企業でも、海外在住のフリーランスへの業務委託や、海外赴任中の役員・従業員への給与支払いで発生します。
非居住者への国内源泉所得の支払いには、原則として20.42%(所得税20%+復興特別所得税0.42%)の源泉徴収が必要です。居住者への給与のように扶養控除・税額表を使う計算ではなく、支払金額に一律20.42%を乗じた金額を源泉徴収します。(国税庁 No.2884)
仕訳例⑧-1 海外在住のフリーランスに業務委託料100,000円を支払った
| タイミング | 借方勘定科目 | 借方金額 | 貸方勘定科目 | 貸方金額 |
|---|---|---|---|---|
| 支払時 | 外注費 | 100,000 | 普通預金 | 79,580 |
| 預り金(源泉所得税) | 20,420 | |||
| 翌月10日 | 預り金(源泉所得税) | 20,420 | 普通預金 | 20,420 |
※ 源泉徴収額 = 100,000円 × 20.42% = 20,420円
振込額 = 100,000円 − 20,420円 = 79,580円
仕訳例⑧-2 海外赴任中(非居住者)の社員に当月分給与300,000円を支払った
| タイミング | 借方勘定科目 | 借方金額 | 貸方勘定科目 | 貸方金額 |
|---|---|---|---|---|
| 支払時 | 給料手当 | 300,000 | 普通預金 | 238,740 |
| 預り金(源泉所得税) | 61,260 | |||
| 翌月10日 | 預り金(源泉所得税) | 61,260 | 普通預金 | 61,260 |
※ 源泉徴収額 = 300,000円 × 20.42% = 61,260円(住民税・社会保険料は別途考慮が必要)
日本が租税条約を締結している国の居住者への支払いは、条約の規定により税率が軽減または免除される場合があります。
- 適用には支払日の前日までに「租税条約に関する届出書」を税務署に提出が必要
- 事後提出は認められず、国内法の20.42%が適用される
- 租税条約の内容は相手国によって異なるため、個別に確認が必要